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香り紀行

■ 香道 ページ | 1 | 2 | 3 |

図1 安藤家御家流十一世家元 安藤綾信師
アロマセラピーなど香りへの関心が高まる昨今、日本の伝統の香道も密かなブームといわれています。そこで今回は、安藤家御家流十一世家元である安藤綾信師(図1)の香席のお稽古におじゃまさせていただきました。

安藤家は初代重信が徳川家康の家臣であるという譜代大名の名門であります。幕末には老中、井伊直弼が桜田門の変で斬首された後、老中首座を勤めたのが当時磐城平藩主(現在の福島県いわき市)であった安藤対馬守(つしまのかみ)でした。

筆者は長くいわきに在住しておりましたので、公園に「磐城の殿様」安藤対馬守の銅像があったことなどを記憶しております。

安藤綾信師とは本年8月に在京のいわきの方の集まりに参加したときにご縁を賜りました。参加名簿で現当主の安藤綾信師が香道のお家元でいらっしゃるということを知り、僭越ながらご挨拶させていただきました。

最近の香りに関する仕事についてもご理解くださり、「香席に遊びにいらっしやい」ともおっしゃってくださいました。

そんなわけで早速横浜市青葉台のご自宅での稽古におじゃまさせていただきました。

◇安藤家の香道の成り立ち

ここで簡単に安藤家の香道についてふれておきます。安藤綾信師のご著書によりますと、香道が確立したのは、足利義政将軍の時代の志野宗信(生業は倉庫業=現在の質屋か銀行のようなもの)によるといいます。この志野流の流れを受けた名人に米川常伯という方がおり、この方が東福門院(二代将軍徳川秀忠女)に香の御指南をなさったりしていたことから、安藤家の三代藩主対馬守重博の母 安藤重之の室 養徳院も米川常伯の香席に列していたとのこと。これにより安藤家の香道として今日まで伝わることとなりました。

実際には当時、主にお姫様や奥方が、茶道、華道などさまざまな芸道をたしなんでいたであろうと想像されますが、当主である方が家元として引き継いで現代に至っているという例はあまりないのではないでしょうか。綾信師もお母様から学んだとのことでした。


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