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実際に香りを嗅ぐことで感じる体験ばかりでなく、私たちはことばからの連想に
よっても、香りをイメージ体験することができます。また香りのすばらしさを教えてくれることばも多くあります。これまでに心に残った印象的な香りのことばを、私の独断ではありますがご紹介してみたいと思います。
・ターシャ・チュダーの言葉より
花は、何がなくても、香りがほしいわ。
クリスマスはまず、ふたつのにおいで幕をあけます。
保存用のケーキを焼くにおいと、そして、雪のにおいです。
初雪が降る前は、においでわかります。
紛れもない、空気のにおいがあるのです。
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絵本作家であるターシャ・チュダーさんの庭は、ガーディナーの憧れであり聖地
といわれています。
自然とひとつになって植物と会話ができる方は、香りを植物のことばとして感じられるのではないでしょうか。
・辰巳芳子 『手からこころへ』 移り香 金柑より(図1)
何につけ、煮炊きものの香りが家の中をただようのは、暮らしそのもので好まし
いが、柑橘類を炊く香りは上品で、世帯じみていないところが格別だと思う。
・辰巳芳子 『辰巳芳子の料理の世界』 日本の香りより
食文化の低い地方にかぎって、料理に酢の用い方を知らず、香りのものも乏し
い。酢も香りである。
中略
香りに何を求めたらよいか「求め方の焦点」を学習していないのだ。
そこで改善策を提案したい。
義務教育の校庭に、梅・柚子・山椒・しそ・みょうが・よもぎ・根三つ葉を育て、理科の観察を兼ね、給食に香りの感性を添えるカリキュラムを作るのはどうか。
おひつのふたを開けたときにご飯から立つ湯気や、味噌汁のいいにおいがあって
朝が始まるのが当たり前でしたが、今では簡単にパンと牛乳程度で、順繰りに食べて出かけていく家庭が増えてきました。
コメント
辰巳芳子さんの著書は、まさに現在いわれるところの「食育」のバイブル的な存在です。
そして食にとどまらず、自然を五感で享受する術を私たちに伝えてくださっております。
香りの感性を高める授業には大賛成。
「香楽」とか「香育」なんていう学科名で近い将来実現してほしいものです。
・2007年正倉院展新聞広告コピーより(図2)
美しい香りをたいせつにする
日本人になろうと思いました。
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ホントにそのとおりです。
「美しい香り」という表現が心に響きます。
・立原正秋 『坂道と雲と』
匂とはおもむきのことである。匂はまた気韻でもある。
コメント
このことばのごとく、著者の作品ではさまざまな香りが表現されています。
学生時代からほとんどの作品を読んだ作家です。
また、香りを表現する作家としても最も好きなひとりです。
・川端康成 『みずうみ』
銀平は香水風呂にはいった。タイルの色のせいで、湯はみどりに見えた。香水の匂いはあまりよくないのだが、信濃の安宿から安宿へかくれて歩いて来た銀平には、とにかく花のかおりだった。
中略
湯女の今の少しふるえそうなかぼそいささやきは、花のかおりのように耳にこも
ったまま銀平がからだを動かすのについて来た。耳から匂いのような陶酔がしみ入るのは、かつて知らないことだった。
・向田邦子 『りんごの皮』
時子は、りんごの皮を口からぶら下げ、窓の外に向かって、りんごの実をほうり投げた。裸のりんごは、うす墨の闇の中で白い匂いの抛物線(ほうぶつせん)を
描き、思ったより遠くに飛んで消えた。
時子はそれからゆっくりとりんごの皮を噛(か)んだ。
コメント
『みずうみ』では音を嗅覚的にとらえています。一方『りんごの皮』では匂いが
抛物線(ほうぶつせん)というかたちで表現されています。感覚の比喩的表現というものは、私たちにイマジネーションを喚起させるもののようです。
川端康成、向田邦子両氏の作品を読みますと、香りや匂いの表現が頻繁に登場します。香りが好きで小説もよく読まれる人は、お二人の作品を嗅覚を働かせながら読んでみてください、きっと面白い体験ができるでしょう。
このような共感覚(ある感覚で別の感覚を感じる)の比喩は、西行の歌にも見受
けられます。
・西行 『山家集』
ほととぎす 花橘に なりにけり 梅にかをりし 鴬(うぐいす)のこゑ
訳 春の鴬の声が梅の香りに呼応するように、ほととぎすの鳴き声も花橘の香り
に溶け込んでいる。
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