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■菖蒲 ページ | 1 | 2 |

五月の節句(端午の節供)といいますと「ショウブ」の香りが思い出されます。 清少納言は『枕草子』で「節は五月にしく月はなし。菖蒲・蓬などのかおりあひた る、いみじゅうをかし。」と表現しています。五月の節供はまさに香りの節供だったのです。

・いずれがアヤメかカキツバタ?
この菖蒲には、全体に良い香があり、端午の節句に飾ったり菖蒲湯として使われるのでなじみ深いかもしれませんが、ハナショウブ(花菖蒲)やアヤメ(菖蒲)、カキツ バタと混同してしまいがちです。ショウブはサトイモ科の目立たない穂状の花で、古名アヤメグサ、アヤメと呼ばれましたが、植物学上イチハツ(アヤメ)科にアヤメがあり、その同類に花の美しいカキツバタやハナショウブがあるのですが、区別することが大変です。

簡単にそれぞれを比較してみましょう。

菖蒲(ショウブ=アヤメグサ)(図1)
サトイモ科ショウブ属
学名:Acorus calamus var. angustatus
英名 Sweet tlag
花期:春
川などの水中に生える多年草で、北半球の熱帯から温帯に分布します。旧来、日本を含むアジアからヨーロッパと北アメリカに分布するショウブと、日本および中国の一 部に分布するセキショウの2種のみでしたが、現在は北米産の亜種とされていたもので、独立した種となるものがあり、5、6種あるとされています。英語ではsweet flagと表記されますか、flagは「旗」の意味ではなく、剱状の葉の植物のことです。
花は肉穂花序を作り、その根元には仏焔苞に当たる苞葉がある点でサトイモ科に似ています。しかし葉は平行脈で細長く、羽状脈で幅広い葉のサトイモ科とは見掛けも大 きく違います。近年の分子系統学的分析によれば、ショウブ科はサトイモ科とはかなり離れた系統で、単子葉類の中でも最初に分かれたと考えられています。このため、新しいAPG分類体系では単独でショウブ目としている場合もあります。

・アヤメ(図2)
アヤメ科アヤメ属
学名:Iris sanguinea
花期:春
アヤメには花(外花被片:垂れ下がる方)の付け根根に黄色と紫の虎斑模様(これが文目です)があります。山野に生える水とは関係ないところ(畑など)にも植えられる。

・カキツバタ(図3)
アヤメ科アヤメ属
学名:Iris laevigata
花期:春
水湿地に群生する多年草です。葉の中央に隆起腺がないこと、内花被片が細く直立すること、外花被片の中央部に白ないし淡黄色の斑紋があることなどが特徴です。

・ハナショウブ(図4)
アヤメ科アヤメ属
学名:Iris ensata
別名:ショウブ(菖蒲)
花期:初夏
ハナショウブは花が大きいいことや、色は紫(青紫、赤紫)や白が多いということなので、比較的容易に見分けられるでしょう。

図1
菖蒲
図2
アヤメ
図3
カキツバタ
図4
ハナショウブ

なかなか区別できるのは難しいですが、今月特集に取り上げました「菖蒲=ショウブ」は、花は明らかに他の3つとは違うので、区別しやすいのではないでしょうか。

・五月の節供と菖蒲のかかわり
冒頭の清少納言の『枕草子』の「節は・・・・」には、当時の五月五日の節供の様子がとても詳しく描かれております。その一端をみてみましょう。

節供は、五月五日のそれに及ぶものはない。菖蒲や蓬などがともども高い香りを放っている風情がすばらしい。禁中の大きな御殿の軒をはじめとして、ごく下々の賤し い者の小屋にいたるまで、なんとかして自分の所にほかよりたくさん葺(ふ)こうと、まるで競争のように、世間どこでも一面に葺きわたしている光景は、やはりなん といっても見馴れぬおもしろさだ。いつ、ほかの節供に、そんなことをしたろう。

中略

中宮の御所などでは、縫殿から献上された様々な色の糸を組んだ、中宮御用の薬玉(くすだま)が下げられている。 中宮に節供の御膳をさし上げ、若い女房たちは菖蒲の刺櫛(さしぐし)をさし、唐衣や汗衫(かぎみ)などに長い菖蒲の根や、折り枝などを組み紐で結びつけたりして いる。
紫の紙に楝(おうち)の紫の花を包み、青い紙に菖蒲の葉を細く巻いてひき結び、また、白い紙を菖蒲の根にこしらえて結んでいるのも面白い。たいそう長い菖蒲の根を 手紙の中に入れたりしてあるのを見る女房たちの気持ちも、ふだんとは違った花やいだしゃれた気分だ。

このように、菖蒲や蓬を軒に葺く習慣(図5)が、庶民にまで浸透していたことがわ かります。また櫛や衣、あるいは文につけたりしていたことがうかがわれます。 菖蒲を軒先に葺くことについては、中国の故実にならい、毒気を払ったとされていま す。また、田植えの主役として、田の神様に仕える早乙女となる女たちが、それにふ さわしい清浄な肉体になるために、菖蒲や蓬で葺いた家に籠もった「女の家」や「女 の屋根」の習俗とかかわるともいわれています。

古代中国では、五月初めの午の日に蓬でつくった人形や虎を間口に掛け、菖蒲を浸 した酒を飲む(図6)など、災厄を払う行事が行なわれたようです。陰暦の五月は気 温も上がり、食物も腐りやすくなるため、薬草の力によって病気から身を守ろうとす る習俗が発生したのでしょう。  日本では奈良時代には、五月五日の行事といいますと、薬狩りが行われていたとい います。『日本書紀』の推古天皇十九年(611)条に、「十九年の夏五月の五日に 、菟田野に薬獵す」とあります。この場合薬狩と称していますが、鹿茸(ろくじょ う)といって鹿の新しく生えかわった若角をとる狩りが行なわれました。 また天平時代には、元正上皇が騎射走馬が行われたときに、「昔は五日の節には、常 に菖蒲をもって蘰(かずら)としていたのに今は行なわれていない。今後は菖蒲の髪 飾りをしないものは宮中に入れないことにする」という詔を出されています。 蘰(かずら)とは植物を頭に巻いたものや(つる性植物が多く用いられたので、カヅ ラと呼ばれたとのこと。)、花や葉を紐に貫き通して巻いたもののことでした。それ らは、神の依代(よりしろ)であり、神事に奉仕する者のしるしでした。

『今日の晴着に風薫る、菖蒲浴衣の白重』
『ゆく末広の菖蒲酒、是れ百薬の長なれや』
これは安政六年(1859年)作の、今も流行している長唄「あやめ菖蒲ゆかた」の一節 ですが、平安時代から伝わった往時の菖蒲の風習を伝えているものです。

『万葉集』には菖蒲はアヤメグサとして十二首詠われています。
ほととぎす 鳴く五月には 菖蒲(あやめぐさ) 花橘を 玉に貫き 蘰にせむと(423)
「菖蒲(あやめぐさ) 花橘を 玉に貫き 蘰にせむ」というのは、「薬玉」をつく ったことを表しているそうです。
ほととぎす 待てど来鳴かず 菖蒲草 玉に貫く日を いまだ遠みか  大伴家持(1490)
訳 ほととぎすを待っているが来て鳴かない。菖蒲草を玉として緒に通す(または薬 玉にする)日がまだ遠いからかなあ。

『枕草子』でも描写のある薬玉(図7)は、五色の糸で菖蒲、艾(蓬)を貫いたもの、または糸で編んだ橘の実の中に薬草を入れたものだともいわれますす。後には菖 蒲、蓬をなでしこ、あじさい等そのときの花で飾りました。これを九月九日の重陽の 節句まで御帳にかけ、邪気を払い、疫を払うことを行ないました。

図5
軒に菖蒲を葺く
図6
菖蒲酒
図7
薬玉

さらには平安中期より菖蒲の枕といって、端午の夜に菖蒲を枕の下に敷いて寝て邪気 を払う風習もありました。
端午の節会では先に述べたように騎射が行なわれ、左右近衛府の武人たちによって催 されました。 このときにも菖蒲草を冠にかざしました。また、走馬、騎射、鶏合等の 勝負がないときには、菖蒲の根を合わせて勝負を決するともいわれました。
江戸幕府では、この日は大名等の総登城の日で重要な式日であり、染帷子長袴を着て祝儀が行なわれました。大奥では柏餅で祝い、御三家等からは粽が献じられました。 菖蒲と尚武の音が同じであることから、元禄期には男児のための節句として定着します。
徳川時代には武士の心を忘れないようにということで、具足とか槍、刀、弓矢等を飾ったのが始まりで、また旗指物を飾ったのが、幡と呼ばれる幟となり、さらには吹き流し になり、鯉のぼりに変化しました。逆流をさかのぼる勢いがよく、まな板に乗れば静 かに包丁を待つという鯉の潔さが愛され、空に泳がせることが考えられたものと思わ れます。庭先の棒の先に矢車をさして幟紐に鯉を結びます。地方によっては男子が誕 生するたびに鯉を増やしていくというような習慣もあるようです。




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