 |
図1 天香久山全景 |
 |
図2
大和三山による二等辺三角形 |
奈良・明日香にある天香久山(図1)は、耳成、畝傍とともに大和三山と呼ばれています。特に「天」と呼ばれる香久山は古代から神聖視されていた山と考えられます。『万葉集』でも天香久山を詠った歌が多く見うけられます。
大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴨立ち立つ うまし国そ 蜻蛉島 大和の国は (二・舒明天皇)
大和には多くの山があるが、とりわけてりっぱに装っている天の香具山、その頂に登り立って国見をすると、国土には炊煙がしきりに立ち、海上には鴨が翔りつづけている。美しい国よ、蜻蛉島大和の国は。(『万葉集』中西進全訳注、講談社文庫)
春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香具山(二八・持統天皇)
春もおわり夏がやって来たらしい。純白の衣を乾している天の香具山よ。
香久山に天と書かれていることは、相当以前からこの山が、特別に神聖な山と考えられていたことを物語っています。『阿波国風土記』逸文にも「大きな山が天から阿波国に降ったのをアマノモト山といい、その山がくだけて大和国に降り着いたのを天の香具山という」とあり、『伊予国風土記』逸文では「伊予の都の郡家の東北に天山がある。天山と名をつけたのは、大和に天香具山がある。天から降ってきたときに二つに分かれて、ひとつ大和国に天降り、ひとつはこの伊予の国に天下った。そこでこの山を天山といった」とされています。また一説には天孫族の饒速日命の降臨伝承をもつ山ともされています。
香久山は地形的に見ても多武峯の端山(峯つづきの山)=里山です。多武峰を含む龍門山系の支脈が大和盆地に下りてきて、侵食に堪えた部分が独立した山に見えるようになりました。
ところで大和三山は、畝傍山を頂点としてほぼ正確な二等辺三角形の構図を成していることでもよく知られています(図2)。また畝傍山と三輪山が夏至や冬至の日の出、日の入りと関連することからは、光=視覚的なものを連想させます。すると耳成山は音=聴覚を、香久山は香り=嗅覚を象徴しているようにも思われます。
古代人は、宇宙の構造と人間の身体は照応するものであることを直感的にとらえることができたといわれます。宇宙の仕組みの中に人間の身体の仕組みを、人間の身体の仕組みの中に宇宙の仕組みを見立てることが重要なことでした。
大和三山を目・耳・鼻という人の感覚器官に見立て、その感覚の調和のなかに、国を統一する祈りを込めたとも考えられます。それは一種のランドスケープとして、大和三山の二等辺三角形を成し、その三角形と密接にかかわる位置に藤原宮を造営したのではないでしょうか。
神前で行われる神楽ということばも「榊葉の香をかぐわしみ」というように、嗅覚的な儀式としての嗅ぐことが語源であるともいわれます。
香りや匂いを嗅ぐことで過去の記憶が甦ることを「香りや匂いの履歴現象」とも呼びます。ですから神言を唱える者が、その言霊により時空をこえてそのことばを発した神と同格となるように、神を招き寄せる香りを嗅ぐことには、人間にとっての原初の状態を甦らせる、思い出させるはたらきがあるのかもしれません。
|
参考文献
・『橘』
吉武利文著 法政大学出版局 2004年
・『実在した幻の三角形』
大谷幸市著 大和書房 1987年
|
|